第5弾「ああ、ばれんてぃおん」
アルタナ4国は冬のただ中、ここジュノ大公国にも、最近は雪もちらつく日が多い。
そんな中、ここジュノ下層では・・・
ジュノ下層の競売区画に大柄な人影があった。モンスターの一種であるマンドラゴラの姿をしている。たが、通常のマンドラゴラの大きさの数倍はある。いわゆるノートリアスモンスターだろうか。
大きなマンドラゴラは、路上で立ち止まり独りごちた。
「中々売っていないでござるなあ」
どうやらモンスターでは無いようである。よく見ると、表皮が人工的な素材のようだ。つまりこの人物は、マンドラゴラの着ぐるみを着て歩いていることになる。冒険者互助会が定期的に行うイベントで配布された、マンドラスーツのようだ。おかしな格好といえばおかしいのであるが、通りをよくよく見ると、チョコボの姿をした者であるとか、モーグリの姿の者とか、はたまたゼリー上のモンスターの格好をした者(本物かどうかは、見るものが見れば分るようである)とか、珍妙な姿をした冒険者達が多いので、実はあまり目立っていない。
大きなマンドラゴラは、とある店の店頭で足を止めた。そこはスィーツの材料を売る店で、バレンティオンのこの時期は掻き入れ時ともあって店内や店頭には、ヒュームやミスラ等様々な種族の女性がひしめきあっている。
大きなマンドラゴラは、店の前で入ろうか、入らないでおこうかと言った様にうろうろとした。その様子はマンドラゴラの姿と相まって非常に不審に映った。
冒険者見習いユファファは、居候をしている家の家主であるコウに、バレンティオンのチョコレートを作ってあげる為に、近所のスィーツの専門店に向かっている途中だった。
(確かコウはあんまり甘いものは苦手だったっけ)
(ククル豆を多くして、砂糖は少なく・・・ビターな感じにすればいいよね。やっぱり形はハートかな。)
色々と考えながら歩いて行くと、やがて店に到着した。
「ん?」
店の前に人だかりが出来ている。
(なんだろう)
人だかりの中央には、大きなマンドラゴラがいた。店員と言い争いになっている。
「いや!だから拙者は怪しい者ではないのでござる!頼まれて菓子の材料を買いに来ただけなのでござるよ!」
大きな声でマンドラゴラは釈明している。
「・・・ですが、お客さんから苦情が出てまして・・・」
ミスラの店員も困惑気味に話している。
ユファはぽかんとその様子を眺めていた。
ふとマンドラゴラと目が合った。
(ヤバイ)
内心ユファは焦ったが、何故かマンドラゴラはユファの方をじっと見ている。
ユファは逃げ出そうかと思ったが、先にマンドラゴラが口を開いた。
「・・・そなた、確かユファファ殿。」
「へ?」
ユファは驚いた。大きなマンドラゴラに知り合いはいない。
マンドラゴラは何かに気がついた様に、
「そうか。これは失礼。」
と言って、おもむろにマンドラゴラのマスクを取った。
マスクの中から現れたのは。精悍なガルガの顔だった。
「拙者。ザヤグでござるよ。」
ユファは思い出していた。先日ボヤーダ樹に鍛錬に行った時、コウと逸れ、モンスターに襲われていた所を助けて貰った。その時のガルガだ。ここまで思い出した時に、周囲の視線に気付いた。周りの人々が自分達を注視している。ユファはひどく焦った。
あわてて、
「ザ、ザヤグさん!とりあえず、ここ出ましょう!」と叫んだ。
ザヤグは、よく分かっていない様子で、
「??? なんででござるか?先程も言ったように、拙者は菓子の材料を・・・」
と言ったが、ユファは、
「それはまた後で何とかしましょう。さ、こっちに!」
と言って、ザヤグの手を引っ張り、歩き始めた。
ザヤグは驚いたが、おとなしくユファに引っ張られて行く。小さなタルタルが大柄なガルガを引っ張って行く。そんなある種、微笑ましいとも言える光景を残しながら、2人は店を後にした。
「どこまで行くでござるか?」
ザヤグはおとなしくユファに引っ張られながら、訪ねた。
ユファはザヤグを引っ張ったままである事に気付き、あわてて手を話しながら言った。
「ご、ごめんなさい。痛くありませんでしたか?」
「いや、平気でござるが、拙者あの店に用があって・・・」
そうだった。確かお菓子の材料を買いに来たと、ザヤグは店員に言っていた。
ユファは考えて、
「ザヤグさん。この間はありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、家でお茶でも差し上げたいんですが。」
と言った。
ザヤグは驚いて答えた。
「ボヤーダ樹での事でござるか?いや、チー殿もいたし、それはお互い様で・・・」
ユファは皆まで言わせず、満面の笑みを浮かべて、
「そんなー。コウに怒られます。お忙しいとは思いますが、ぜひ。」
と言った。
ザヤグは困惑した様子で答えた。
「そうでごさるか?ではお言葉に甘えてお邪魔いたす。」
コウの家に戻るのは、すぐだった。
ザヤグを家の中に招き入れる。コウはアドゥリン市街のインベーター・ワークスに武具の調整に行くと言っていたので、留守である。
玄関で、所在なさげに立つザヤグに、やはり満面の笑みを浮かべながら、ユファはリビングに案内した。
「すぐお茶を持って行きます。ソファに座って、待っていて下さいね。」
そう言って、キッチンへ入り、手早く茶器の準備をし始める。
ザヤグは言われた通り、ソファに座り物珍しげに部屋の中を見ている。
やがてユファが、お茶の用意をして戻って来た。ソファの前のテーブルに茶器を用意する。
「さあ、冷めない内にどうぞ。」
ユファは、ウィンダスティーをカップに注いで差し出した。
「これは済まぬでござる。」
ザヤグはカップを受け取り、一口すすった。
「うむ。暖まるでござるな。」
ザヤグはホッと一息をついた。
「それで、そのぅ。ザヤグさんはあの店に、何を買いにいらしたんですか?」
ユファは恐る恐る尋ねた。
「それでなのでござるが。」
ザヤグは1枚の紙を懐から出した。いくつもの料理の材料が書かれているが、ザヤグの指し示したものは、「特級ククル豆」の文字だった。
「これが必要なのでござる。」
ユファは紙片を見た。紙片の右端にピンク色のキスマークがついている。
「・・・ザヤグさん。このキスマークは何ですか?」
ザヤグは慌てた様子で、
「こ、これは買い物を頼んだラブリィが、戯れにつけたものだろう。」
と言った。
「ああ、そうですか。」ユファはそう言い、ザヤグさんをからかったのかな。と思った。
それはそれとして、ザヤグの買い物が気になった。
「特級ですかー。」
ククル豆は、チョコレートの材料の中では主たるもので、エルシモ島の特産である。その中で特級の名を付けられる豆は、ほんの一部で、手に入れる事は非常に難しい。ザヤグやユファの行こうとした店も、ジュノの中では最も材料が揃っている店ではあるが、それでも入荷するのはごく稀である。
ユファはザヤグにそれを説明した。
「な、なんと。そんなに希少なものだったとは・・・」
ザヤグは頭を抱えた。
「買って帰れないと、ラブリィやチー殿がとても残念がるでござるよ・・・」
ユファは、ザヤグにはボヤーダ樹で助けて貰った礼もあるし、何よりがっくりした姿を見ると手助けがしたかったが、どうすればいいだろうか。また、特級のククル豆を手に入れる事が出来れば、ユファもそれでコウにチョコを作ってあげたい。なにせ使えば格段に味が違うと言われるものなのだ。
やはりコウに聞いてみる事にした。
右耳に付けている、シグナルパールに意識を集中する。しばらくすると、念話が繋がった感覚がある。
(・・・と言う訳なんだけど、心当たりあるかな?)
かいつまんで事情を説明すると、コウから返答があった。
(まあ、天晶堂で一度聞いてみるんだな。何か教えてくれるかも知れない。通してもらえる様に連絡をしておくよ。ただ、気を付けるんだぞ?海千山千の奴等ばっかりだから、騙されないように。)
(大丈夫よ!あたしだって色々経験を積んだんだから。)
(・・・ほんとか?)
返答までの間が気になったが、大丈夫大丈夫と返して通信を切る。
相変わらず頭を抱えているザヤグに声をかける。
「ザヤグさん。天晶堂で聞いてみましょう。闇のブローカーと言われる天晶堂なら、何か分かるかも。」
ザヤグは頭を上げて、
「天晶堂でこざるか?あまり良い噂は聞かぬが。」と言った。
「天晶堂は、各国から半ば黙認の形を取られている盗賊ギルドです。リーダーのアルドさんは冒険者互助会推奨のユニティのリーダーでもあります。いわゆる犯罪者とは違うと思いますが・・・。」
ユファは以前コウに同様の質問をした時に、教えて貰った答えをそのまま言った。
ザヤグは複雑な表情を浮かべたが、反論せずに同行する事を了承した。
ユファは最後に、言いにくそうに言った。
「ザヤグさん・・・そのぅ、マンドラゴラのスーツは脱いで行きませんか?」
天晶堂までは、同じジュノ下層と言う事もあり、コウの家からすぐだった。まずは、海神楼と言う高級旅館の扉をくぐる。中は重厚な佇まいで、調度品も落ち着いた感じの物が多い。
ユファは一度来たことがあるので、天晶堂への入り口がどこにあるかは分かっていた。受付のミスラに軽く頷き、奥へと進む。
突き当たりに、壁と同化した様な扉があった。以前、コウの紹介で天晶堂へ入会していたユファは、扉越しに用がある事を告げ、中に入れてもらった。
海神楼の重厚な雰囲気とは打って変わって、薄暗い階段が下に続いている。ザヤグと並んで階下に向かうと、広いホールに出た。ショーケースを並べた店舗のようなところもあり、ホールの各所に置かれたテーブル席には、赤い制服を着た天晶堂の者達が、それぞれの客と密談をしている。部屋全体は薄暗く、隅の方は見通すことが出来ない。
ザヤグは物珍しげに辺りを見渡して、
「これはまた、怪しげなところでござるな。」と、どこか面白がっているような様子で言った。ちなみにザヤグはマンドラスーツを脱いで、平服に戻っていた。腰には剣を履いている。これはユファが、コウの家の武器庫にしまってあった、最も大ぶりな剣を貸したのである。だが、タルタルにとって大剣でも、ガルガにとっては片手用の剣にしかならない。
ユファはザヤグのその調子を見て、安心感を覚えながら、
「誰かに話をつけないといけませんね。」と言った。
「そうでござるな。さて誰がいいのか・・・」
2人共、天晶堂の人間を物色し始める。
その様子を見て、手助けが必要かと思ったのか、一人の男が近づいてきた。
男は2人の前に立つと、「何かお探しで?」と言った。
男はヒューム族のようで、中肉中背だ。人目を引くのは、その容貌である。頬はこけて目は落ちくぼんでいる。頭にはほとんど髪が生えていない。また、顔の右側には、刀傷があった。
異相である。まるで骸骨のようだ。
男はバラモと名乗り、歌うような声で、席を勧めた。
2人はホールの隅のテーブル席に、男と向かい合わせで腰を下ろした。
バラモの問いかけるような表情に、ザヤグが口を開いた。
「特級のククル豆を探しているのでごさる。入荷はござらんか?」
「特級でございますか!それは珍しいものをお探しで・・・そうですなぁ、現在天晶堂には在庫はありませんが・・・。」
と言って、手元の書類をぱらぱらとめくった。
「エルシモ島のガザムの街に、出荷前の商品があるようです。1週間程お待ちいただければ、お手元に届くかと思いますが・・・。」
「1週間!そんなには待てないでござる!何か方法はないでござるか?」
ユファは口を挟んだ。
「カザムならジュノから飛空艇が出てますよね。こちらから受取りに行く事は出来ますか?」
ユファのその言葉に、バラモは顎に指を当てて、
「ウチの流通ルートだと、どうしても先程言った日数がかかるんですが、確かにお客さんに直接買い付けに行っていただければ早いですね。」と言った。
ユファはそれを聞いて、
「ザヤグさん。買い付けに行きませんか?ザヤグさんがクリスタルワープを使えれば、もっと早いと思うんですけど・・・あたしカザムには行った事なくて・・・」
と言った。
「拙者もカザムには行った事がないでござる。行くなら飛空艇でござるな。でもユファ殿いいのででござるか?時間がかかるでござるよ?」
ザヤグのその言葉に、ユファは
「あたしも特級のククル豆が欲しいんです。それに時間を上手く調整すれば、今日中に帰ってこれますよ。」
とにっこり笑って答えた。
「それでは決まりですな。カザムの支店には話を通しておきますので、ご購入をお願いします。」
とバラモがまとめた。
ザヤグとユファは頷いた。
ユファはふと気になった。バラモという男の自分を見る目付きを。
どこがどうとは言えないが、何か違和感を感じる。そう、何か面白がっているような・・・。
バラモは、ユファに向かって口を開いた。
「実は、ユファさんには以前お会いしているのですが、覚えていらっしゃいますか?」
バラモも問いかけに、ユファはびっくりした、会った記憶がなかったからだ。
バラモの様な、異相の人間に会えば、覚えているはずである。
なので、ユファは覚えていませんと答えた。
バラモは続けて、
「その時、今回の様にご希望をかなえて差し上げたのですが、あいにく代金をお支払い頂くのをお忘れだった様で・・・。」
「今すぐでなくても結構ですが、その内にお支払い頂けますか?」
と言った。
ユファは、バラモも話をそこまで聞いて、記憶に引っかかるものを感じた。確かに、誰かに何かをしてもらった覚えがあるのだ。
しかし、天晶堂の人間に何かしてもらっただろうか。
ユファはバラモの視線に促される様に、頷いた。
「・・・すいません。ちょっと記憶が曖昧なんですが、代金を払ってないんでしたら、払います。」
ユファはそう答えた。
バラモは満足そうに頷き、それではその内にお伺いします。と答えた。
ユファは、ザヤグの問いかける様な視線を感じながら、脳裏にはコウの気をつけろと言う忠告が、響いていた。
一方、アドゥリン諸島に用があって出かけていたコウは、武具の調整を済ませて、今は知り合いの剣の稽古に付き合っていた。中の国に比べ、どことなく南国の気配をただよわせる東アドゥリン市街。ウルブカ大陸は地域によっては火山地帯であったり、あるいは氷雪地帯であったり、苛酷な自然環境を持つ大陸だが、神聖アドゥリン都市同盟がある地方は人が住むのに適した、穏やかな気候だ。
その中でワークスと呼ばれる組合の、治安維持を目的として作られたピースキーパーワークス内の鍛錬場では、
「せいっ!」気迫を込めた力を乗せて、大剣が振り下ろされる。
それを同じく、練習用の刃を潰した剣で、コウは受けた。相手の総髪のタルタルは渾身の力を込めて押し込んでくるが、コウは瞬間力を抜いて大剣を取っぱずした。総髪のタルタルは勢い余って、床にべちゃりと叩きつけられた。
「痛ぇ・・・」総髪のタルタルはおでこを抑えて立ち上がった。
「まあ、なんだ。大分良くなったよ。バルファル。」とコウは言った。
バルファルと呼ばれたタルタルはコウをジロリと睨んで、
「オッサン。適当な事を言うなよ。今ので10本連続で取られたぞ?」
コウは少し真顔になって、
「結果的にはそうなんだけど、踏み込みも剣への力の乗せ具合も大分良くなった。今のは結構危なかったよ。」
と言った。
バルファルはそれを聞いて満更でもなさそうに、
「へー。そうか。まあ習い初めてから1ヶ月位たったからな。ちょっとは上手くならないとヤル気がなくなっちまうよ。」
と言った。
「今の一撃は良かったよ。大剣は小手先の技よりも、身体ごと叩きつけるような一撃の方が有効だ。伊達に剣が大きい訳じゃないんだからな。」
「そうか。覚えとくよ。」
とバルファルは答えた。
コウはバルファルにタオルを投げ、自分もタオルで汗を拭きながら、
「バル、悪いけど一つ頼まれてくれないか?」とバルに言った。
「なんだよ?」バルも同様に汗を拭いている。
コウはザヤグとユファの買い物について説明した。
「それで?」とバルは尋ねた。
「カザムに行くそうなんだか、何かに巻き込まれてる感じがするんだ。護衛に付いてくれないか?」
「いや、いいけどオッサンはどうするんだ?」
コウは困った様に、
「この後、冒険者互助会からベガリーインスペクターの説明会があるんでユファについててやれなくてね。」と言った。
「ベガ・・・なんだよそりゃ?」
「ウルブカ大陸では冥王の配下の、三魔君と言う魔物が暗躍して、人々が被害を被っているんだ、それらを討伐するための作戦名さ。」
「へー。強いのかそいつら?」
「・・・バルファル。ユファと違って君は覚えているみたいだから言うけど、年明けに「願いをかなえてやる」って言われて、魔物に嵌められただろ?あの髑髏みたいな奴が、三魔君の一柱、「不死君バラモア」だ。」
それを聞いた途端、バルの表情が変わった。
憤怒の形相で、
「オッサン!オレもそいつに参加させろ!あの野郎・・・人をコケにしやがって!」と叫んだ。
コウはため息をついて、
「・・・バルファル。残念ながら君では、まだ力が足りない。僕でも選ばれるかどうか分からないんだぞ?時期を待ってくれ。」
納得しがたい様子のバルに重ねて、
「急がば回れという言葉もある。まずは鍛錬と経験を積んでくれ。・・・仇はとって上げるよ。」
と言った。
バルは幾分気持ちが収まった様で、
「とか言ってやられんなよ?オッサン。」
と捨て台詞を吐いた。
コウは苦笑した。
バルは気持ちが切り替わった様で、
「じゃあ、まあユファの面倒は見るよ。そのザヤグってのはどんな奴なんだい?」
と言った。
「以前、ユファが助けて貰った相手だよ。ガルガの騎士かな?腕は立つようだよ。」
とコウは答えた。
「じゃあまあ、楽勝だな。カザムにはクリスタルワープで先行するぜ。」
と言うバルの返事に、
「頼んだよ。恩にきる」
とコウは答えて、2人は別れた。
ザヤグとユファは、ジュノから飛空挺に乗り、カザムに到着した後、無事にククル豆の買い付けに成功していた。天晶堂のカザムの倉庫に行ってみると、話は通っていて普通に購入する事が出来た。とても値は張ったが。今2人は帰りの飛空挺待ちで、カザムの漁港を見物しているところだった。カザムはミスラの自治区で、住民の大半はミスラである。特にガルガは珍しいらしく、ザヤグはその巨躯を羨望と幾分艶っぽい視線で見られる事が多かった。カザムに着いてから何回目かの半裸のミスラ(やはり漁に従事する者が多く、軽装の女性がほとんどである)からの誘いの言葉を断ってザヤグも辟易したらしく、
「これは堪らぬでござるな。何処か落ち着ける処を探すと致そう。」と言った。
ユファは笑って、
「ザヤグさんもてるんですね〜。すごいなー。」と言った。
ザヤグは苦笑いで、
「拙者は不調法ゆえ、女性の事は良く分からぬ。ともあれ、ミスラはラブリィだけで十分でござるよ。」と答えた。
「ラブリィさんって、ザヤグさんにお買い物を頼んだ方ですよね?彼女さんですか?」
ユファの問いに、
「彼女と言うか・・・まあ戦友と言うところであろうか。腐れ縁でござるよ。」
とザヤグは答えた。
ユファは、戦友にわざわざ特級ククル豆のチョコレートを手作りするだろうかと思いながら、曖昧に頷いた。
しばらくすると、2人は一軒の食堂を見つけ、入ろうとした。するとユファを呼ぶ声がする。振り返ると総髪のタルタルが駆けよってくる。あれは・・・
「バル!」ユファは叫んだ。
「よお。ちょっと遅くなっちまったな。問題ないか?」とバルファルはユファに言い、ザヤグには会釈した。
「あ、うん。えと、バルはどうして此処に?」ユファの問いに、
「天晶堂の商品の買い付けに来たんだろ?面倒な事に巻き込まれない様に付いててくれって、オッサンに頼まれたんだ。」
ユファは驚いて、バルに話そうとした。
「まあ待てよ。オレも腹は減ってるんだ。話すなら、食べながら話そうぜ。」
とバルはユファを遮って言った。
ザヤグも頷き、
「拙者も朝からあれこれあったせいで、大して食べておらんでな。食事をとれればありがたい。」
と言った。
ユファは頷き、3人は食堂の中に入っていった。
席に着き、水とおしぼりを運んできた、女給のミスラにメニューを確認すると、漁港ともあって魚介類の料理が豊富だった。3人は思い思いの料理を注文すると、話を始めた。
ザヤグとバルはお互いに自己紹介をし、それから、今の買い付けの話になっていき、料理がテーブルに並んでからも、話は続いた。バストアサーディンの香草焼き、海鮮を使ったパスタ、カルパッチョ、スープなどを食べながら3人は会話を続けた。
「オッサンの取り越し苦労じゃね?」
あらかた料理を食べ終わり、アルザビコーヒーを飲みながら、バルは言った。小さい頃からの守役のコクトーが好むので、バルもそれが移って好きになったようだ。
「ふむ。」ザヤグはチャイを飲んでいる。地方の食堂としては、ドリンクの種類は豊富なようだ。ちなみにザヤグの前のテーブルの上には、空いた皿が小山の様に積まれていた。
ユファはいつものウィンダスティーの湯気を顎に当てながら、躊躇いがちに言った。
「・・・でも、何か引っかかるのよねー。」
「何がでござる?」
「何がだよ?」
ユファの呟きに、2人同時に疑問の声が上がった。
「何だろう・・・天晶堂の人の・・・態度かなあ?」
ユファの曖昧な返事に残る2人は顔を見合わせた。
「ザヤグさん、何か変なところがあったのかい?」バルはザヤグに尋ねた。
「・・・いや、特には。天晶堂という所は、拙者、盗賊の溜まり場の様なイメージを持っておったが、どうして丁寧な対応だった。」
ザヤグの返答にバルは肩を竦め、
「じゃあ、問題ないじゃんか。」と言った。
「まあ、強いて言うなら我々に対応した天晶堂の人間が・・・ユファファ殿に何か借りがある様な事を言っておったな。」
ザヤグの言葉に、バルは興味を示したようだった。
「へえ。どんな・・・」
バルが言いかけると、外からゴウンゴウンと言う音が響き、何か大きな物が水に落ちる様な音が響いた。
窓から見ると、飛空艇がカザムの港に着水する所だった。
「飛空艇に乗ってしまえば、後は乗り合わせた他の客を見張ればいいのではなかろうか。まさかドラゴンが襲ってはこないと思うが。」
ザヤグの言葉に、残りの2人は頷いた。
「そうですよねー。多少高価でも、私達ククル豆しか持ってないですもんね。誰も盗りにきたりしないかー。」
ユファのその言葉に、なんとなく脱力した3人は、食事の会計を済ませ、飛空艇へと向かった。
ウィンダスにある、とある冒険者のモグハウス。
モグハウスの中では、ミスラと女性のタルタルが話をしていた。
ミスラは黒い半袖のシャツとズボンを着用し、幾分だらしなくソファに寝転がっている。シャツもズボンも身体にフィットしたもので、シャツに至っては、おへそが出ている様なシロモノである。つまるところかなり扇情的な格好だ。
「ホント遅いわね。何やってるのかしら。」
ミスラは寝転びながら、行儀悪く手探りでソファの横のテーブルから、煎餅を摘みながら言った、
ミスラの言葉を聞いたタルタルは、ミスラの仕草を横目で見ながら言った。
「でもお姉ちゃん、ドラコさんに渡した買い物メモの控えを見たんですけど、特級のククル豆って・・・簡単には手に入りませんわよ。」
お姉ちゃんと呼ばれたミスラは、煎餅を齧る口を止めて、
「え・・・そうなんだっけ?あら、悪い事しちゃったなあ。ザヤ・・・こほん。ドラコが暇そうだったから、おつかいを頼んだだけだったのにね。」
ザヤグが仕事を希望したので、自分の倉庫番の仕事を与えたのだが、妹のチーは、ザヤグを慕っている為、公私の区別をつける為にザヤグを変装させた・・・と言うのが、ザヤグ=ドラコになっている理由であり、ザヤグがマンドラスーツを着込んでいる理由なのだ。
特級のククル豆は、チーもチョコレートを作る為に使う予定である・・・勿論ザヤグにあげる為にだ。チーはザヤグ=ドラコを知らない為、プレゼントをあげる相手にプレゼントを買ってきて貰うと言う、なんだか良く分からない状態になっていた。
チョコレートをあげると言えば、自分もザヤグに上げるつもりなのだが、本人に材料の買い出しを頼む事について、自分については特に違和感を覚えていなかった。
手作りのチョコレートにかける女心を、ザヤグが理解しているとは思えなかったからだ。
チーの姉のラブリィは、
(なんだかややこしくなってきちゃったな。まーでも、近頃はパートの仕事でも見つけにくいし・・・そもそもこう言う事は、ルト・ミュラーが紹介すればいいのよね。
・・・しかし朝早く出かけて、半日以上戻って来ないって、ちょっと遅いわね。ザヤグの事だから、面倒に巻き込まれても大丈夫だと思うけど・・・行き先は確かジュノだったっけ・・・)
2枚目の煎餅を齧りながら、とりとめもなくラブリィが考えていると、モグハウスの管理人のモーグリが飛び込んできた。
「ご主人様、事件クポ!」
ラブリィは、半身を起こし言った。
「どうしたの?」
チーも何事かとモーグリを見つめる。
「カザム発ジュノ行きの飛空挺がエアジャックされたクポ!」
ラブリィはそれを聞いて、無言で立ち上がった。
ドレッサーを開けると、中に置いてあった長靴に足を通し、褐色の上着を着込んだ。そして黒い帽子を被る。
武器棚からは銃器と短剣を選びだし、身に付ける。
チーとモーグリの方に向き直り、にっこり笑って言った。
「ちょっと気になるから、ジュノまで行ってくるわ。」
「お姉ちゃん・・・ドラコさんの身に何か?」
心配そうに尋ねるチーに、
「心配ないわ。エアジャックとドラコは関係ないと・・・思う。ただ遅いから迎えに行くだけよ。」
と答えた。
ラブリィは、ミスラ特有のしっぽをくるりと回し、
「チーはチョコを作る準備をしといてね。」
と言い残し、モグハウスの扉から、外へ出て行った。
カザムから飛空挺に乗ったユファ達は、空の旅を楽しんでいた。と言ってもジュノに到着するのは、2時間後なので短い空の旅だったが。
バルは、街や各拠点間の移動はもっぱらクリスタルワープを利用するので、飛空挺に乗るのは久しぶりだった。空は快晴で、雨が降る気配はない。最も飛空挺のデッキには魔力のシールドが展開されており、外気の入れ替えは行われるが、雨や風は入ってこない。
バルは、手すりごしに地表の景色を眺めていた。見えるのは海と、時たま見える島々だったが、飽きることはない。
そんなバルに、ザヤグは後ろから声をかけた。
「バルファル殿、何か見えるでござるか。」
バルは後ろを振り返った。
「いや、海が見えるだけだよ、ザヤグさん。でもこうやってのんびり空旅ってのも、たまにはいいな。」
その言葉に、ザヤグも頷いた。
「そうでござるなあ。冒険者は日々せわしないでござるから、移りゆく景色をただ眺めるのも、いい気分転換でござるな。」
バルはザヤグの方に向き直った。ユファは、客室で何かしているようだ。
「ザヤグさん、そういや、この買い物って仕事なのかい?」
そう尋ねたバルにザヤグは軽く頷き、
「仕事と言えば、仕事でござるな。相方のミスラに頼まれたのでござる。」
バルは首をかしげ
「相方って・・・これバレンティオンで使うやつだろ。相方さんは、誰か他の男に渡すのかい?」
「???拙者バレンティオンなる催しの事は疎いのだが、そう言えば、後で拙者に何かくれる様な事をいっておったな。」
バルは危うく吹きそうになった。ザヤグの相方は、チョコの材料の買い出しを、当の渡す相手に頼んだのだ。横着と言うかなんと言うか・・・。それともそれ程親しいと言うことなのだろうか。しかしザヤグはあまり分かっていない様である。バルはザヤグの精悍な顔を見ながら言った。
「・・・ザヤグさんいい人だなー。」
ザヤグは目をぱちくりさせ、
「そんな事はあまり言われた事がないでござるが、まあ、女子と行動を共にするには忍耐も必要でござる。」
ザヤグのその言葉に、バルは、おっ分かってんじゃん と思ったが、はたと気付いた。
(クルク、オレにチョコくれんのかなー。)
クルクと言うのはバルファルの相方で、タルタルの女性である。男勝りな性格が目立ち、女子力は未知数・・・のイメージがある。
(去年、オレ何貰ったっけ?)
バルは思い出そうとした。
2人が自分自身の考えに浸っていると、ユファが客室がらデッキに上ってきた。
デッキの2人を見ると、向かいあっているのに話すでもなく、お互いぼんやりしている。
ユファは若干笑いを含みながら、
「どうしたのー。」と話しかけた。
2人ははっとした様子で、ユファを見た。
バルは気をとり直して、
「ユファこそ何してたんだよ?」
と尋ねた。
「あたし?あたしは荷物の仕分けをしてたのよー。折角手に入れたククル豆をなくしたり、盗られたりしたらつまらないから、ここに・・・。」
とユファは、身体を捻って腰の後ろの小さめな鞄を指し示した。
「これでなくさないわよー。ザヤグさんの分は、ジュノに着いたらお渡ししますね。」
とユファはザヤグに言った。
ザヤグは頷き、
「ユファファ殿、済まぬでござるな。」
とユファに礼を言った。
「いいんですよー。そう言えば、あたしの事はユファって呼んで下さいね。友達はみんなそう呼びます。」
「お。オレもバルでイイぜ。」
2人のその言葉に、ザヤグは笑って頷き、
「そうでござるか。ではそう呼ばせてもらうとしよう。」
と言った。
それから、3人がデッキでしばらく雑談をしていると、艦内放送が響いた。
「・・・皆様。大変長らくお待たせいたしました。当飛空挺は、後10分でジュノに到着いたします。」
3人は顔を見合わせた。
「無事に到着しますねー。」
「大丈夫だったでござるな。」
「良かったじゃん。」
それぞれ感想を言い合う。ほっとした空気が流れた。
その時、こつんこつんと言う足音が響いた。客室からデッキに誰か上って来るようだ。
3人はまた顔を見合わせた。今度は3人共懐疑な表情になった。と言うのも、この飛空挺には、3人以外に客はいなかったからだ。3人以外に、この飛空挺に乗っている人間と言えば、コックピットにいる操縦士2人だけだ。クリスタルワープの普及に伴って、飛空挺の乗客は減る一方だった。
バルが口を開いた。
「ユファ、さっき客室にいた時、他に人はいたか?」
ユファはぶんぶんと首を振り、
「い、いないよ。だって飛空挺の客ってあたし達だけでしょー。」
と答えた。
ザヤグとバルは頷きあい、昇降口を半包囲する様に動いた。
それぞれ腰と背中の剣の柄に手をやった。
現れたのは・・・
「バラモさん!?」
ユファが、驚いて叫んだ。
天晶堂でザヤグとユファの接客をした、バラモだった。バラモは笑顔でユファに挨拶をした。
「ユファファ様、首尾よく目的のものを手に入れる事ができまして、おめでとうございます。つきましては、お話させていただいておりました、別件の代金をいただきに参りました。」と言って、バラモは一礼した。
ユファは戸惑った様に、
「え・・・あ、はい。今ですか?」
と言った。
バルはバラモの骸骨の様な顔から目を離せずにいた。コイツ何処かで・・・
だが、ユファの返事ではっとした。
「ユファ。どんな話だよ。説明してくれ?」
バルの問いかけにユファは、
「あたしが前に、このバラモさんに頼みごとをしたみたいなんだけど、お礼をしてなかったみたい。だから今代金を受け取りに・・・って、バルどうしたの!?」
ユファの話を途中まで聞いて、と言うか相手の名前でバルはピンときた。
憤怒の表情でバルはバラモを睨みつけた。
「コイツは・・・」
背から大剣を抜く。
「魔物だっっ!!」
言葉と同時に、大剣をバラモに叩きつける。
バラモは真っ二つに・・・ならなかった。大剣の刃が身体に触れた瞬間、煙の様になり消えてしまったのだ。
「これは・・・。」
ザヤグは遅ればせながら、腰の剣を抜いた。
バルに向かって尋ねる。
「バル殿!これはどういう事でござるか?バラモ殿が魔物?確かに姿が消えたが・・・。」
隣りでユファも、驚いた表情をしている。
バルは大剣を構えながら、全方位を警戒した。
「詳しく説明している時間がない。でも・・・コイツは魔物で、オレとユファの魂を狙ってるんだ!」
バルの叫びに2人はますます驚愕した。
どこからか、クスクスと嗤うような声が聞こえて来た。
「おやおや、前に会った時の記憶があるようですねぇ。では、前回の対価を払っていただきましょう。バルファル・・・ですか。あなたも居るとは思いませんでしたが、丁度いい。2人の魂をいただきましょう。」
空間が歪み、そこから現れたのは、骸骨の様な風貌を持つ、赤いピエロの様な魔物だった、上半身と下半身が独立しており、青い光の様なもので繋がっている。顔には剣撃を受けたような傷跡が残っている。
ユファは困惑して、
「あたしは・・・あんたみたいな魔物と会った覚えはないよ!」
と叫んだ。
バルはバラモアから目を離さずに、ユファに言った。
「気にしなくていい。とにかくコイツは、俺達の魂を奪おうとしてるんだ。自分の身を守れ。」
「う、うん。」
とユファは、頷いた。
「さて、煮て食べようか、焼いて食べようか・・・」
バラモアが、好き勝手に喋っている間に、バルはザヤグにだけ聞こえる様に、話しかけた。
(ザヤグさん、オレが一発かます。続いてくれるかい?)
ザヤグは、面白そうに返答した。
(ほう。面白そうでござるな。お手並み拝見でござる。)
ザヤグは戦いが避けられないという状況で
、血が沸き立っているようだった。流石は勇猛なガルガと言ったところだろうか。
バラモアはバル達の意図を察知したらしかったが、特に何もする様子がない。
バルは大剣を構えた状態で気力を溜めていた。そして溜まった気力を使って、大剣を介して所謂ウェポンスキルと呼ばれる技を発動させた。
突如、バラモアが氷塊に包まれた。バルは大剣をゆっくりと振りかぶり、氷塊に叩きつける。氷塊はバラバラに砕け散った。
バルはザヤグに目線を送った。
一呼吸置いて、ザヤグの巨体が宙を舞う。剣を振り上げつつ飛翔し、返す刀で自重と共にバラモアに剣を叩きつけた。
2つのウェポンスキルが交差する。バラモアの身体を雷を伴った風が包み込んだ。分解連携が発動したのだ。
飛空艇のデッキの床材を破壊し、巻き上がる程の一撃を受けて、バラモアは苦悶の声を上げた。
「ぐぅおぉぉ・・・」
バルとザヤグは、様子を伺った。
「・・・ぉぉって、効きませんねぇ。」
バラモアのその言葉に、
「ちっ」
バルは舌打ちした。今の一撃は、自分が出せる最上の一撃だった。それがまったく効いてないとは・・・
バラモアは、揉み手をするように、両手をこすり合わせた。そして興味を失った様に、
「まぁ、こんな物でしょうね。とりあえず、あなた達は、こいつらに始末をしてもらいましょう。」
バラモアが、両手を挙げると何体かの魔物がデッキから湧き上がってきた。
「あ・・・あれ、アンブリル族!」
ユファが叫んだ。
アンブリルと呼ばれた魔物達は、闇色の歪んだ大きな頭と手を持ち、デッキから上半身を生やしている。下半身は無いのかもしれない。
バルとザヤグが、剣で迎え撃とうとするのを、ユファは制した。
「アンブリルには剣がほとんど効かないよ!一旦下がって!」
バルは即座に反応した。ユファの手を引っ張り、客室の扉を潜る。ザヤグがしんがりで後に続いた。4匹のアンブリルが後を追おうとするが、寸前で扉を閉める。そして客室の内側から、鍵を掛けた。
アンブリル達が扉に体当たりしてくるのが、凄まじい音と振動でよく分かる。扉は長くは持たないだろう。
大きな打撃音が鳴り響く中、ザヤグが口を開いた。
「もう間もなくジュノに到着するでこざる。このままでは、あの魔物達を一緒に連れて行く事になるでござる。」
「ジュノ親衛隊にまかせれば・・・って、そんな訳にもいかないか。」
とバルは困った様に言った。
「どうしよう・・・。」
ユファは他の2人の顔を見る。
重苦しい雰囲気が漂った。
ザヤグが再び口を開いた。
「ジュノ港に着くまでに、飛空艇を一旦海に着水させるしか手はないでござる。」
「ジュノの街に、魔物達に備える時間を与える訳だ。だけどオレ達は・・・。」
バルは口籠った。
「逃げられないね。」
ユファが締めくくる。
デジョンと呼ばれる瞬間移動の魔法を、この3人は習得していない。魔法を付与した呪物の持ち合わせもなかった。
一際重苦しい雰囲気になるが、どかんと言う扉が今にも破られそうな音に、3人共我に返った。
「やるしかないでござる。とりあえず操縦室に移動するでござる。」
「ああ。」
「うん。」
3人は、扉の前に椅子やテーブルで、簡単なバリケードを作ると、奥の階段から操縦室に上がって行った。
ザヤグ、バルファル、ユファファの3人と、彼らが乗った飛空艇が窮地に陥っていた時、冒険者コウは何もしていなかった訳ではなかった。ユファが耳に付けているシグナルパールを通じて、おおよその状況は掴んでいた。
冒険者互助会が開催していた、ベガリーインスペクターなる作戦の説明会を中座し、アドゥリン諸島から、クリスタルワープを使って、直ぐにジュノに戻った。
その直前に、説明会に集まっていた、互助会役員達と冒険者達に、作戦の討伐対象になっている不死君バラモアが、まさにハイジャックされた飛空艇に出現している事を説明会の壇上から冒険者達に告げると、冒険者達は色めき立った。
役員達の指示で、冒険者達も続々とジュノに移動して行った。
ラブリィが、ウィンダスからジュノ港にクリスタルワープを使って到着すると、辺りは騒然としていた。近くの野次馬の会話に耳をすますと、飛空艇が海に不時着するらしい。ラブリィは、飛空艇乗り場へ急いだ。
ラブリィが付けている、シグナルパールからザヤグの動向が知れるが、もう間もなく不時着する筈だった。
カザム行きの飛空艇乗り場のゲートを抜け、人混みを躱し、ラブリィは堤防の先端までひた走った。
堤防の先端には、小さめの灯台が建てられていた。走ってきた勢いを落とさず、ラブリィは灯台の最上階まで駆け上った。流石に息が切れたが、荒い息を吐きながら背負った長銃を降ろす。
空を見ると、夕陽を背に正に飛空艇が海をめがけて着水しようとする所だった。
ザヤグ達は、飛空艇の操縦室に立て篭もった。客室からの階段に付いている扉と、デッキへ出る扉を備品のロープで固定する。
操縦室には2人の操縦士がいたが、ジュノの管制には、既に状況を連絡済みだった。
ザヤグ達が、海への着水を主張すると、操縦士達は渋ったが、階段の扉を階下のアンブリル達が殴打し始めると気が変わった様だった。
1人の操縦士が、
「もうジュノ港は目の前だ。そんなに離れたところには、着水できん。」
と言うと、
「魔物達が、ジュノに上陸するのを少しでも遅らせられれば上出来です。今、冒険者達が魔物と戦う為にジュノ港に集まりつつありめす。」
ユファのその言葉に、全員が注目した。
「ホントかよ?」
バルは驚いたように言った。
ユファは頷き、
「シグナルパールで、コウから連絡があったよ。もう少し耐えてくれって。」
と言った。
「拙者の相方も、参戦するようでござる。希望が出てきたでござるな。」
ザヤグの言葉にバルは、
「問題はあのバラモアだ。アイツの強さはハンパないぜ?集まった味方に被害が出ないといいけどな。」
と答えた。
「うむ・・・だが先程の連携攻撃で無傷では、拙者達にはどうしようもない。せめて一太刀与えたかったところではあるが・・・。」
ザヤグが嘆息した。
バルは肩を竦め、
「オッサンが全力で斬り込んでも、傷を一つ付けただけだからな・・・悔しいけど、オレ達・・・オレはもっと鍛えるしかないな。」
と言った。
ユファはバルを見て、
「コウがあのピエロと戦ったの?あたし全く覚えがなくて・・・」
と覚束なげに言った。
バルは再び肩を竦め、
「年始のウェイポイントの事故のときだ。覚えてないなら別にいいと思うぜ?とにかくあの骸骨ヤローに一杯食わされたのさ。」
と言った。
「・・・」
ユファは思い出そうとしている風である。
船長が口を挟んだ。
「話しているところ済まんが、そろそろ不時着させる。何かにしっかり掴まっていてくれ。」
船長のその言葉に、ザヤグ達は、空いている椅子に座り、身近な掴まれるものにしがみついた。階段の扉がアンブリルの殴打で、いやな音を立てる。もう直ぐ扉が破られるだろう。
そんな状況を意に介さず、船長は叫んで操縦桿を下に下げた。
「行くぞ!」
飛空艇は夕暮れの中、海面に向かって急降下した。そして凄まじい音を立てて着水する。塔の高さに匹敵する様な、大きな水しぶきが上がる。幸い沈没は避けられた様だ。上がった水しぶきを滝に打たれるように受けながら、飛空艇は飛行していた時の惰性で、ジュノ港の方に漂っていった。
操縦室では、着水の衝撃で全員が床に投げ出されていた。
「・・・むぅ。」
やはりガルガは頑丈なのか、ザヤグが真っ先に身を起こす。続いてバルとユファが起き上がった。操縦士の2人は気絶してしまった様だ。
階下のアンブリル達の階段の扉への殴打の音が止んでいた。着水の衝撃でやはりダメージを受けたのだろうか。
ザヤグが窓から外を見ると、目の前にジュノ港の波止場が広がっていた。かなり港に近い位置に着水したようだ。
ザヤグが目で、飛空艇と港の堤防の先端の位置を測ると、助走を付けても飛び移れないくらいの距離だった。5メートル前後だろうか。
バルもザヤグのその視線を理解したらしく、
「これだけ港に近いんだったら、いっそ堤防に乗り上げても良かったのに、ついてないな。どうするザヤグさん?」
と尋ねた。
「とにかく操縦室の外に出るでござる。」
とザヤグは答えた。
着水の衝撃で、操縦室の窓ガラスはバラバラに砕け散っていた。耐衝撃性だったのだろうが、やはり着水の勢いが凄かったのだろう。もはや部屋の外からの進入を防ぐ事が出来ず、むしろ狭い分だけ操縦室に留まるのは危険だった。
3人は操縦室からデッキへ出た。操縦士の2人はザヤグが両肩に担いでいる。巨躯のガルガとはいえ、凄い力だった。
バルとユファが剣を抜いて周囲を警戒するが、魔物の気配がしない。
もしや・・・と言う希望が心に浮かぶ間も無く、狂ったような笑い声が宙に響いた。
「キャハハハハ!」
空中から姿を現したのは、バラモアだった。
「なかなか思い切った事をしましたねぇ。」
バラモアは空中をくるくると飛び回りながら、言った。
「では、いい加減終わりにしようか!アツイゼ、アツイゼェー、アツクテ、イクゼェー!」
バラモアは両手を掲げ、テンションを急激に上げて、狂った様に叫んだ。
途端、ザヤグ達にずしりとした感覚が襲った。
ユファは驚愕して叫んだ。
「これっっ!!・・・しっ、死の宣告っ!」
「!」
「!!」
3人は恐怖で引き攣った顔を見合わせた。
バラモアは空中でとんぼを切り、ザヤグ達をビシッと指差し、決めポーズを作る。
「クルエルジョーク!!」
・・・クルエルジョークと言う名前の技らしい。だが死の宣告である事は間違いないなさそうだった。凄まじい倦怠感が身体を襲う。
「に・・・逃げないと・・・」
ユファが、呟いた。
死の宣告は、聖水を使うか、技の効果範囲から逃れられれば、効果を失う。だが、ザヤグ達は聖水の持ち合わせなどなかったので、逃げるしかない。ただ、ここは飛空艇の上だ。着水しているとはいえ、堤防の先端までは若干の距離もある。
絶望感が3人を支配していった。バラモアはそれが面白いらしく、空中でくるくると回りながら、大喜びしている。
「ダンッッ!!」
突如、銃声がして、空中のバラモアが弾き飛んだ。2射目、3射目の銃声が響き、バラモアに銃弾が命中する。
援護が来たようだ。ジュノ港の堤防の先端の、小さな灯台から狙撃が行われているようだった。
驚いて、固まっていた3人だったが、ザヤグが何かを聞くように、空中に視線を彷徨わせる。
ザヤグは叫んだ。
「皆!飛空艇の後部から、堤防に乗り移るでござる!」
と言って、操縦士2人を肩に担いだまま、飛空艇の後部に向かって、走りだした。
バルとユファも、ザヤグにつられる形で走り出す。だが、飛空艇と堤防の間は5メートル近くの距離がある。このままジャンプしても、海に落ちるだろう。
走る3人の周りに、魔力が満ちる。魔力はカードの様な形に具現化して、3人の周りをくるくる回った。
ユファは、目を丸くして叫んだ。
「ファントムロール!」
コルセアの特殊技能の一つで、ざまざまな効果を仲間に与える事が出来る魔法の一種だ。
・・・これはボルターズロールという、移動速度を上げるロールらしかった。
3人の走る速度はぐんっと上がった。たちまち飛空艇の後部にたどり着く。
「このまま行くでござる!」
ザヤグは叫んで、思い切り踏み込んでジャンプした。2人の操縦士を担いだガルガの巨体は、宙を飛び・・・
堤防の先端に無事に着地した。勢い余ってザヤグは尻餅をつく。
その上にバルとユファが、更に着地した。5人の人間がごちゃまぜになって倒れ込んでいる。
バラモアは、ザヤグ達を逃がすつもりはないようだった。灯台にいるラブリィから何発もの銃弾を受けている様だったが、意に介さず空中を飛び、ザヤグ達に追いすがろうとした。
不意にバラモアに当たる銃弾の数が急増する。中には矢も混じっている様だ。
冒険者達が堤防全体に展開しつつあった。銃や弓を持つものは、射撃を開始し、呪文の詠唱も始まっている。
互助会からの増援が間に合ったのだ。
たまらず、バラモアは空中で動きを止めた。
やがてバラモアの身体は、冒険者達が唱える呪文によって、沈む夕陽と見紛わんばかりの、巨大な火球に飲み込まれた。
バラモアは倒された。
冒険者達や、遅れて到着したジュノ親衛隊が、残党の探索を開始している。
2人の操縦士達も、医療班に引き取られ、ザヤグ、バル、ユファの3人は、半ば放心して堤防に座りこんでいた。
そこへ長銃を肩に担いだミスラが歩み寄った。ザヤグに向かって話しかける。
「ザヤグ。お疲れ様。なんだか凄い事になっちゃったね。」
ザヤグは座ったままで答えた。
「・・・ラブリィ。先程は助かった。すまぬでござる。」
ラブリィは、笑って頷く。
ユファとバルが立ち上がる。
「ラブリィさんですか。あたしユファと言います。先程は助けていただいて、ありがとうございました。」
と言って、ユファは深く頭を下げた。
バルも続いて口を開く、
「あのロールをかけてくれたのは、あんただったんだってな。どうもありがとう。」
バルも頭を下げる。
ラブリィは照れた様に微笑み、
「良いのよー。上手くいってよかったわ。」
と答えた。
そこへ、互助会の役員と話していた、コウがやって来た。全員に会釈をする。
「お疲れ様。バル。助かったよ。」
コウがバルにそう言うと、バルはニヤリと笑った。
「オッサン。今回のは高いぜー。」
コウも笑った。
バルは続けて、
「でもさ、あれでバラモアは死んだのか?」
と尋ねた。
コウは首を振った。
「互助会の役員とも話をしてたんだが、あれはどうも、分身の様なものらしい。多分本体は健在だよ。」
バルはげんなりして、
「・・・しつこいヤツだなあ。どうすんだよよ?」
と言った。
コウは全員を見て、
「本日付けで、作戦ベガリーインスペクターが発動された。今度はこちらから冥王と三魔君を叩きに行くさ。
・・・ともあれ、今日はお疲れ様。どうもありがとう。」
と言った。そして続けて、目的の物は買えたのかい、と尋ねた。
ユファは、弾かれた様に、腰の後ろから包みを出した。
「ザヤグさん!失くさずに持って帰れましたよ。」
特級のククル豆の包みだった。
ラブリィは包みを見て嬉しそうに、
「ザヤグ。これで美味しいチョコレートを作って上げる。良かったわねー。」
と言った。
ザヤグは幾分萎れた様子で、
「ああ、バレンティオンなる催しが、これ程大変だとは思わなかったでごさる。」
「チョコレートの催しなのに、甘くないでござるなあ。」
それを聞いた全員が、面白そうな笑い声を上げた。
こうして、バレンティオンデーは過ぎていった。
おしまい。
☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;
みなさん、こんにちは。
いつも遊びに来てくれてありがとうございます(^^♪
この記事は私ではなく遊びに来てくれている「コウさん」が、
ヴァレンティオン記事のコメントに載せた小説です。
読み応えたっぷりなのでぜひ、他の小説も合わせて読んで下さいね。
第1弾「とある出逢い」
第2弾「とある出逢い2」
リンク先は「夢の続き」さんでカテゴリ「コウさんの小説」にあります。
第3弾「遅くなったプレゼント」
第4弾「ねがい」
リンク先は「夢の続き」さんでカテゴリ「コウさんの小説」にあります。
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そんな中、ここジュノ下層では・・・
ジュノ下層の競売区画に大柄な人影があった。モンスターの一種であるマンドラゴラの姿をしている。たが、通常のマンドラゴラの大きさの数倍はある。いわゆるノートリアスモンスターだろうか。
大きなマンドラゴラは、路上で立ち止まり独りごちた。
「中々売っていないでござるなあ」
どうやらモンスターでは無いようである。よく見ると、表皮が人工的な素材のようだ。つまりこの人物は、マンドラゴラの着ぐるみを着て歩いていることになる。冒険者互助会が定期的に行うイベントで配布された、マンドラスーツのようだ。おかしな格好といえばおかしいのであるが、通りをよくよく見ると、チョコボの姿をした者であるとか、モーグリの姿の者とか、はたまたゼリー上のモンスターの格好をした者(本物かどうかは、見るものが見れば分るようである)とか、珍妙な姿をした冒険者達が多いので、実はあまり目立っていない。
大きなマンドラゴラは、とある店の店頭で足を止めた。そこはスィーツの材料を売る店で、バレンティオンのこの時期は掻き入れ時ともあって店内や店頭には、ヒュームやミスラ等様々な種族の女性がひしめきあっている。
大きなマンドラゴラは、店の前で入ろうか、入らないでおこうかと言った様にうろうろとした。その様子はマンドラゴラの姿と相まって非常に不審に映った。
冒険者見習いユファファは、居候をしている家の家主であるコウに、バレンティオンのチョコレートを作ってあげる為に、近所のスィーツの専門店に向かっている途中だった。
(確かコウはあんまり甘いものは苦手だったっけ)
(ククル豆を多くして、砂糖は少なく・・・ビターな感じにすればいいよね。やっぱり形はハートかな。)
色々と考えながら歩いて行くと、やがて店に到着した。
「ん?」
店の前に人だかりが出来ている。
(なんだろう)
人だかりの中央には、大きなマンドラゴラがいた。店員と言い争いになっている。
「いや!だから拙者は怪しい者ではないのでござる!頼まれて菓子の材料を買いに来ただけなのでござるよ!」
大きな声でマンドラゴラは釈明している。
「・・・ですが、お客さんから苦情が出てまして・・・」
ミスラの店員も困惑気味に話している。
ユファはぽかんとその様子を眺めていた。
ふとマンドラゴラと目が合った。
(ヤバイ)
内心ユファは焦ったが、何故かマンドラゴラはユファの方をじっと見ている。
ユファは逃げ出そうかと思ったが、先にマンドラゴラが口を開いた。
「・・・そなた、確かユファファ殿。」
「へ?」
ユファは驚いた。大きなマンドラゴラに知り合いはいない。
マンドラゴラは何かに気がついた様に、
「そうか。これは失礼。」
と言って、おもむろにマンドラゴラのマスクを取った。
マスクの中から現れたのは。精悍なガルガの顔だった。
「拙者。ザヤグでござるよ。」
ユファは思い出していた。先日ボヤーダ樹に鍛錬に行った時、コウと逸れ、モンスターに襲われていた所を助けて貰った。その時のガルガだ。ここまで思い出した時に、周囲の視線に気付いた。周りの人々が自分達を注視している。ユファはひどく焦った。
あわてて、
「ザ、ザヤグさん!とりあえず、ここ出ましょう!」と叫んだ。
ザヤグは、よく分かっていない様子で、
「??? なんででござるか?先程も言ったように、拙者は菓子の材料を・・・」
と言ったが、ユファは、
「それはまた後で何とかしましょう。さ、こっちに!」
と言って、ザヤグの手を引っ張り、歩き始めた。
ザヤグは驚いたが、おとなしくユファに引っ張られて行く。小さなタルタルが大柄なガルガを引っ張って行く。そんなある種、微笑ましいとも言える光景を残しながら、2人は店を後にした。
「どこまで行くでござるか?」
ザヤグはおとなしくユファに引っ張られながら、訪ねた。
ユファはザヤグを引っ張ったままである事に気付き、あわてて手を話しながら言った。
「ご、ごめんなさい。痛くありませんでしたか?」
「いや、平気でござるが、拙者あの店に用があって・・・」
そうだった。確かお菓子の材料を買いに来たと、ザヤグは店員に言っていた。
ユファは考えて、
「ザヤグさん。この間はありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、家でお茶でも差し上げたいんですが。」
と言った。
ザヤグは驚いて答えた。
「ボヤーダ樹での事でござるか?いや、チー殿もいたし、それはお互い様で・・・」
ユファは皆まで言わせず、満面の笑みを浮かべて、
「そんなー。コウに怒られます。お忙しいとは思いますが、ぜひ。」
と言った。
ザヤグは困惑した様子で答えた。
「そうでごさるか?ではお言葉に甘えてお邪魔いたす。」
コウの家に戻るのは、すぐだった。
ザヤグを家の中に招き入れる。コウはアドゥリン市街のインベーター・ワークスに武具の調整に行くと言っていたので、留守である。
玄関で、所在なさげに立つザヤグに、やはり満面の笑みを浮かべながら、ユファはリビングに案内した。
「すぐお茶を持って行きます。ソファに座って、待っていて下さいね。」
そう言って、キッチンへ入り、手早く茶器の準備をし始める。
ザヤグは言われた通り、ソファに座り物珍しげに部屋の中を見ている。
やがてユファが、お茶の用意をして戻って来た。ソファの前のテーブルに茶器を用意する。
「さあ、冷めない内にどうぞ。」
ユファは、ウィンダスティーをカップに注いで差し出した。
「これは済まぬでござる。」
ザヤグはカップを受け取り、一口すすった。
「うむ。暖まるでござるな。」
ザヤグはホッと一息をついた。
「それで、そのぅ。ザヤグさんはあの店に、何を買いにいらしたんですか?」
ユファは恐る恐る尋ねた。
「それでなのでござるが。」
ザヤグは1枚の紙を懐から出した。いくつもの料理の材料が書かれているが、ザヤグの指し示したものは、「特級ククル豆」の文字だった。
「これが必要なのでござる。」
ユファは紙片を見た。紙片の右端にピンク色のキスマークがついている。
「・・・ザヤグさん。このキスマークは何ですか?」
ザヤグは慌てた様子で、
「こ、これは買い物を頼んだラブリィが、戯れにつけたものだろう。」
と言った。
「ああ、そうですか。」ユファはそう言い、ザヤグさんをからかったのかな。と思った。
それはそれとして、ザヤグの買い物が気になった。
「特級ですかー。」
ククル豆は、チョコレートの材料の中では主たるもので、エルシモ島の特産である。その中で特級の名を付けられる豆は、ほんの一部で、手に入れる事は非常に難しい。ザヤグやユファの行こうとした店も、ジュノの中では最も材料が揃っている店ではあるが、それでも入荷するのはごく稀である。
ユファはザヤグにそれを説明した。
「な、なんと。そんなに希少なものだったとは・・・」
ザヤグは頭を抱えた。
「買って帰れないと、ラブリィやチー殿がとても残念がるでござるよ・・・」
ユファは、ザヤグにはボヤーダ樹で助けて貰った礼もあるし、何よりがっくりした姿を見ると手助けがしたかったが、どうすればいいだろうか。また、特級のククル豆を手に入れる事が出来れば、ユファもそれでコウにチョコを作ってあげたい。なにせ使えば格段に味が違うと言われるものなのだ。
やはりコウに聞いてみる事にした。
右耳に付けている、シグナルパールに意識を集中する。しばらくすると、念話が繋がった感覚がある。
(・・・と言う訳なんだけど、心当たりあるかな?)
かいつまんで事情を説明すると、コウから返答があった。
(まあ、天晶堂で一度聞いてみるんだな。何か教えてくれるかも知れない。通してもらえる様に連絡をしておくよ。ただ、気を付けるんだぞ?海千山千の奴等ばっかりだから、騙されないように。)
(大丈夫よ!あたしだって色々経験を積んだんだから。)
(・・・ほんとか?)
返答までの間が気になったが、大丈夫大丈夫と返して通信を切る。
相変わらず頭を抱えているザヤグに声をかける。
「ザヤグさん。天晶堂で聞いてみましょう。闇のブローカーと言われる天晶堂なら、何か分かるかも。」
ザヤグは頭を上げて、
「天晶堂でこざるか?あまり良い噂は聞かぬが。」と言った。
「天晶堂は、各国から半ば黙認の形を取られている盗賊ギルドです。リーダーのアルドさんは冒険者互助会推奨のユニティのリーダーでもあります。いわゆる犯罪者とは違うと思いますが・・・。」
ユファは以前コウに同様の質問をした時に、教えて貰った答えをそのまま言った。
ザヤグは複雑な表情を浮かべたが、反論せずに同行する事を了承した。
ユファは最後に、言いにくそうに言った。
「ザヤグさん・・・そのぅ、マンドラゴラのスーツは脱いで行きませんか?」
天晶堂までは、同じジュノ下層と言う事もあり、コウの家からすぐだった。まずは、海神楼と言う高級旅館の扉をくぐる。中は重厚な佇まいで、調度品も落ち着いた感じの物が多い。
ユファは一度来たことがあるので、天晶堂への入り口がどこにあるかは分かっていた。受付のミスラに軽く頷き、奥へと進む。
突き当たりに、壁と同化した様な扉があった。以前、コウの紹介で天晶堂へ入会していたユファは、扉越しに用がある事を告げ、中に入れてもらった。
海神楼の重厚な雰囲気とは打って変わって、薄暗い階段が下に続いている。ザヤグと並んで階下に向かうと、広いホールに出た。ショーケースを並べた店舗のようなところもあり、ホールの各所に置かれたテーブル席には、赤い制服を着た天晶堂の者達が、それぞれの客と密談をしている。部屋全体は薄暗く、隅の方は見通すことが出来ない。
ザヤグは物珍しげに辺りを見渡して、
「これはまた、怪しげなところでござるな。」と、どこか面白がっているような様子で言った。ちなみにザヤグはマンドラスーツを脱いで、平服に戻っていた。腰には剣を履いている。これはユファが、コウの家の武器庫にしまってあった、最も大ぶりな剣を貸したのである。だが、タルタルにとって大剣でも、ガルガにとっては片手用の剣にしかならない。
ユファはザヤグのその調子を見て、安心感を覚えながら、
「誰かに話をつけないといけませんね。」と言った。
「そうでござるな。さて誰がいいのか・・・」
2人共、天晶堂の人間を物色し始める。
その様子を見て、手助けが必要かと思ったのか、一人の男が近づいてきた。
男は2人の前に立つと、「何かお探しで?」と言った。
男はヒューム族のようで、中肉中背だ。人目を引くのは、その容貌である。頬はこけて目は落ちくぼんでいる。頭にはほとんど髪が生えていない。また、顔の右側には、刀傷があった。
異相である。まるで骸骨のようだ。
男はバラモと名乗り、歌うような声で、席を勧めた。
2人はホールの隅のテーブル席に、男と向かい合わせで腰を下ろした。
バラモの問いかけるような表情に、ザヤグが口を開いた。
「特級のククル豆を探しているのでごさる。入荷はござらんか?」
「特級でございますか!それは珍しいものをお探しで・・・そうですなぁ、現在天晶堂には在庫はありませんが・・・。」
と言って、手元の書類をぱらぱらとめくった。
「エルシモ島のガザムの街に、出荷前の商品があるようです。1週間程お待ちいただければ、お手元に届くかと思いますが・・・。」
「1週間!そんなには待てないでござる!何か方法はないでござるか?」
ユファは口を挟んだ。
「カザムならジュノから飛空艇が出てますよね。こちらから受取りに行く事は出来ますか?」
ユファのその言葉に、バラモは顎に指を当てて、
「ウチの流通ルートだと、どうしても先程言った日数がかかるんですが、確かにお客さんに直接買い付けに行っていただければ早いですね。」と言った。
ユファはそれを聞いて、
「ザヤグさん。買い付けに行きませんか?ザヤグさんがクリスタルワープを使えれば、もっと早いと思うんですけど・・・あたしカザムには行った事なくて・・・」
と言った。
「拙者もカザムには行った事がないでござる。行くなら飛空艇でござるな。でもユファ殿いいのででござるか?時間がかかるでござるよ?」
ザヤグのその言葉に、ユファは
「あたしも特級のククル豆が欲しいんです。それに時間を上手く調整すれば、今日中に帰ってこれますよ。」
とにっこり笑って答えた。
「それでは決まりですな。カザムの支店には話を通しておきますので、ご購入をお願いします。」
とバラモがまとめた。
ザヤグとユファは頷いた。
ユファはふと気になった。バラモという男の自分を見る目付きを。
どこがどうとは言えないが、何か違和感を感じる。そう、何か面白がっているような・・・。
バラモは、ユファに向かって口を開いた。
「実は、ユファさんには以前お会いしているのですが、覚えていらっしゃいますか?」
バラモも問いかけに、ユファはびっくりした、会った記憶がなかったからだ。
バラモの様な、異相の人間に会えば、覚えているはずである。
なので、ユファは覚えていませんと答えた。
バラモは続けて、
「その時、今回の様にご希望をかなえて差し上げたのですが、あいにく代金をお支払い頂くのをお忘れだった様で・・・。」
「今すぐでなくても結構ですが、その内にお支払い頂けますか?」
と言った。
ユファは、バラモも話をそこまで聞いて、記憶に引っかかるものを感じた。確かに、誰かに何かをしてもらった覚えがあるのだ。
しかし、天晶堂の人間に何かしてもらっただろうか。
ユファはバラモの視線に促される様に、頷いた。
「・・・すいません。ちょっと記憶が曖昧なんですが、代金を払ってないんでしたら、払います。」
ユファはそう答えた。
バラモは満足そうに頷き、それではその内にお伺いします。と答えた。
ユファは、ザヤグの問いかける様な視線を感じながら、脳裏にはコウの気をつけろと言う忠告が、響いていた。
一方、アドゥリン諸島に用があって出かけていたコウは、武具の調整を済ませて、今は知り合いの剣の稽古に付き合っていた。中の国に比べ、どことなく南国の気配をただよわせる東アドゥリン市街。ウルブカ大陸は地域によっては火山地帯であったり、あるいは氷雪地帯であったり、苛酷な自然環境を持つ大陸だが、神聖アドゥリン都市同盟がある地方は人が住むのに適した、穏やかな気候だ。
その中でワークスと呼ばれる組合の、治安維持を目的として作られたピースキーパーワークス内の鍛錬場では、
「せいっ!」気迫を込めた力を乗せて、大剣が振り下ろされる。
それを同じく、練習用の刃を潰した剣で、コウは受けた。相手の総髪のタルタルは渾身の力を込めて押し込んでくるが、コウは瞬間力を抜いて大剣を取っぱずした。総髪のタルタルは勢い余って、床にべちゃりと叩きつけられた。
「痛ぇ・・・」総髪のタルタルはおでこを抑えて立ち上がった。
「まあ、なんだ。大分良くなったよ。バルファル。」とコウは言った。
バルファルと呼ばれたタルタルはコウをジロリと睨んで、
「オッサン。適当な事を言うなよ。今ので10本連続で取られたぞ?」
コウは少し真顔になって、
「結果的にはそうなんだけど、踏み込みも剣への力の乗せ具合も大分良くなった。今のは結構危なかったよ。」
と言った。
バルファルはそれを聞いて満更でもなさそうに、
「へー。そうか。まあ習い初めてから1ヶ月位たったからな。ちょっとは上手くならないとヤル気がなくなっちまうよ。」
と言った。
「今の一撃は良かったよ。大剣は小手先の技よりも、身体ごと叩きつけるような一撃の方が有効だ。伊達に剣が大きい訳じゃないんだからな。」
「そうか。覚えとくよ。」
とバルファルは答えた。
コウはバルファルにタオルを投げ、自分もタオルで汗を拭きながら、
「バル、悪いけど一つ頼まれてくれないか?」とバルに言った。
「なんだよ?」バルも同様に汗を拭いている。
コウはザヤグとユファの買い物について説明した。
「それで?」とバルは尋ねた。
「カザムに行くそうなんだか、何かに巻き込まれてる感じがするんだ。護衛に付いてくれないか?」
「いや、いいけどオッサンはどうするんだ?」
コウは困った様に、
「この後、冒険者互助会からベガリーインスペクターの説明会があるんでユファについててやれなくてね。」と言った。
「ベガ・・・なんだよそりゃ?」
「ウルブカ大陸では冥王の配下の、三魔君と言う魔物が暗躍して、人々が被害を被っているんだ、それらを討伐するための作戦名さ。」
「へー。強いのかそいつら?」
「・・・バルファル。ユファと違って君は覚えているみたいだから言うけど、年明けに「願いをかなえてやる」って言われて、魔物に嵌められただろ?あの髑髏みたいな奴が、三魔君の一柱、「不死君バラモア」だ。」
それを聞いた途端、バルの表情が変わった。
憤怒の形相で、
「オッサン!オレもそいつに参加させろ!あの野郎・・・人をコケにしやがって!」と叫んだ。
コウはため息をついて、
「・・・バルファル。残念ながら君では、まだ力が足りない。僕でも選ばれるかどうか分からないんだぞ?時期を待ってくれ。」
納得しがたい様子のバルに重ねて、
「急がば回れという言葉もある。まずは鍛錬と経験を積んでくれ。・・・仇はとって上げるよ。」
と言った。
バルは幾分気持ちが収まった様で、
「とか言ってやられんなよ?オッサン。」
と捨て台詞を吐いた。
コウは苦笑した。
バルは気持ちが切り替わった様で、
「じゃあ、まあユファの面倒は見るよ。そのザヤグってのはどんな奴なんだい?」
と言った。
「以前、ユファが助けて貰った相手だよ。ガルガの騎士かな?腕は立つようだよ。」
とコウは答えた。
「じゃあまあ、楽勝だな。カザムにはクリスタルワープで先行するぜ。」
と言うバルの返事に、
「頼んだよ。恩にきる」
とコウは答えて、2人は別れた。
ザヤグとユファは、ジュノから飛空挺に乗り、カザムに到着した後、無事にククル豆の買い付けに成功していた。天晶堂のカザムの倉庫に行ってみると、話は通っていて普通に購入する事が出来た。とても値は張ったが。今2人は帰りの飛空挺待ちで、カザムの漁港を見物しているところだった。カザムはミスラの自治区で、住民の大半はミスラである。特にガルガは珍しいらしく、ザヤグはその巨躯を羨望と幾分艶っぽい視線で見られる事が多かった。カザムに着いてから何回目かの半裸のミスラ(やはり漁に従事する者が多く、軽装の女性がほとんどである)からの誘いの言葉を断ってザヤグも辟易したらしく、
「これは堪らぬでござるな。何処か落ち着ける処を探すと致そう。」と言った。
ユファは笑って、
「ザヤグさんもてるんですね〜。すごいなー。」と言った。
ザヤグは苦笑いで、
「拙者は不調法ゆえ、女性の事は良く分からぬ。ともあれ、ミスラはラブリィだけで十分でござるよ。」と答えた。
「ラブリィさんって、ザヤグさんにお買い物を頼んだ方ですよね?彼女さんですか?」
ユファの問いに、
「彼女と言うか・・・まあ戦友と言うところであろうか。腐れ縁でござるよ。」
とザヤグは答えた。
ユファは、戦友にわざわざ特級ククル豆のチョコレートを手作りするだろうかと思いながら、曖昧に頷いた。
しばらくすると、2人は一軒の食堂を見つけ、入ろうとした。するとユファを呼ぶ声がする。振り返ると総髪のタルタルが駆けよってくる。あれは・・・
「バル!」ユファは叫んだ。
「よお。ちょっと遅くなっちまったな。問題ないか?」とバルファルはユファに言い、ザヤグには会釈した。
「あ、うん。えと、バルはどうして此処に?」ユファの問いに、
「天晶堂の商品の買い付けに来たんだろ?面倒な事に巻き込まれない様に付いててくれって、オッサンに頼まれたんだ。」
ユファは驚いて、バルに話そうとした。
「まあ待てよ。オレも腹は減ってるんだ。話すなら、食べながら話そうぜ。」
とバルはユファを遮って言った。
ザヤグも頷き、
「拙者も朝からあれこれあったせいで、大して食べておらんでな。食事をとれればありがたい。」
と言った。
ユファは頷き、3人は食堂の中に入っていった。
席に着き、水とおしぼりを運んできた、女給のミスラにメニューを確認すると、漁港ともあって魚介類の料理が豊富だった。3人は思い思いの料理を注文すると、話を始めた。
ザヤグとバルはお互いに自己紹介をし、それから、今の買い付けの話になっていき、料理がテーブルに並んでからも、話は続いた。バストアサーディンの香草焼き、海鮮を使ったパスタ、カルパッチョ、スープなどを食べながら3人は会話を続けた。
「オッサンの取り越し苦労じゃね?」
あらかた料理を食べ終わり、アルザビコーヒーを飲みながら、バルは言った。小さい頃からの守役のコクトーが好むので、バルもそれが移って好きになったようだ。
「ふむ。」ザヤグはチャイを飲んでいる。地方の食堂としては、ドリンクの種類は豊富なようだ。ちなみにザヤグの前のテーブルの上には、空いた皿が小山の様に積まれていた。
ユファはいつものウィンダスティーの湯気を顎に当てながら、躊躇いがちに言った。
「・・・でも、何か引っかかるのよねー。」
「何がでござる?」
「何がだよ?」
ユファの呟きに、2人同時に疑問の声が上がった。
「何だろう・・・天晶堂の人の・・・態度かなあ?」
ユファの曖昧な返事に残る2人は顔を見合わせた。
「ザヤグさん、何か変なところがあったのかい?」バルはザヤグに尋ねた。
「・・・いや、特には。天晶堂という所は、拙者、盗賊の溜まり場の様なイメージを持っておったが、どうして丁寧な対応だった。」
ザヤグの返答にバルは肩を竦め、
「じゃあ、問題ないじゃんか。」と言った。
「まあ、強いて言うなら我々に対応した天晶堂の人間が・・・ユファファ殿に何か借りがある様な事を言っておったな。」
ザヤグの言葉に、バルは興味を示したようだった。
「へえ。どんな・・・」
バルが言いかけると、外からゴウンゴウンと言う音が響き、何か大きな物が水に落ちる様な音が響いた。
窓から見ると、飛空艇がカザムの港に着水する所だった。
「飛空艇に乗ってしまえば、後は乗り合わせた他の客を見張ればいいのではなかろうか。まさかドラゴンが襲ってはこないと思うが。」
ザヤグの言葉に、残りの2人は頷いた。
「そうですよねー。多少高価でも、私達ククル豆しか持ってないですもんね。誰も盗りにきたりしないかー。」
ユファのその言葉に、なんとなく脱力した3人は、食事の会計を済ませ、飛空艇へと向かった。
ウィンダスにある、とある冒険者のモグハウス。
モグハウスの中では、ミスラと女性のタルタルが話をしていた。
ミスラは黒い半袖のシャツとズボンを着用し、幾分だらしなくソファに寝転がっている。シャツもズボンも身体にフィットしたもので、シャツに至っては、おへそが出ている様なシロモノである。つまるところかなり扇情的な格好だ。
「ホント遅いわね。何やってるのかしら。」
ミスラは寝転びながら、行儀悪く手探りでソファの横のテーブルから、煎餅を摘みながら言った、
ミスラの言葉を聞いたタルタルは、ミスラの仕草を横目で見ながら言った。
「でもお姉ちゃん、ドラコさんに渡した買い物メモの控えを見たんですけど、特級のククル豆って・・・簡単には手に入りませんわよ。」
お姉ちゃんと呼ばれたミスラは、煎餅を齧る口を止めて、
「え・・・そうなんだっけ?あら、悪い事しちゃったなあ。ザヤ・・・こほん。ドラコが暇そうだったから、おつかいを頼んだだけだったのにね。」
ザヤグが仕事を希望したので、自分の倉庫番の仕事を与えたのだが、妹のチーは、ザヤグを慕っている為、公私の区別をつける為にザヤグを変装させた・・・と言うのが、ザヤグ=ドラコになっている理由であり、ザヤグがマンドラスーツを着込んでいる理由なのだ。
特級のククル豆は、チーもチョコレートを作る為に使う予定である・・・勿論ザヤグにあげる為にだ。チーはザヤグ=ドラコを知らない為、プレゼントをあげる相手にプレゼントを買ってきて貰うと言う、なんだか良く分からない状態になっていた。
チョコレートをあげると言えば、自分もザヤグに上げるつもりなのだが、本人に材料の買い出しを頼む事について、自分については特に違和感を覚えていなかった。
手作りのチョコレートにかける女心を、ザヤグが理解しているとは思えなかったからだ。
チーの姉のラブリィは、
(なんだかややこしくなってきちゃったな。まーでも、近頃はパートの仕事でも見つけにくいし・・・そもそもこう言う事は、ルト・ミュラーが紹介すればいいのよね。
・・・しかし朝早く出かけて、半日以上戻って来ないって、ちょっと遅いわね。ザヤグの事だから、面倒に巻き込まれても大丈夫だと思うけど・・・行き先は確かジュノだったっけ・・・)
2枚目の煎餅を齧りながら、とりとめもなくラブリィが考えていると、モグハウスの管理人のモーグリが飛び込んできた。
「ご主人様、事件クポ!」
ラブリィは、半身を起こし言った。
「どうしたの?」
チーも何事かとモーグリを見つめる。
「カザム発ジュノ行きの飛空挺がエアジャックされたクポ!」
ラブリィはそれを聞いて、無言で立ち上がった。
ドレッサーを開けると、中に置いてあった長靴に足を通し、褐色の上着を着込んだ。そして黒い帽子を被る。
武器棚からは銃器と短剣を選びだし、身に付ける。
チーとモーグリの方に向き直り、にっこり笑って言った。
「ちょっと気になるから、ジュノまで行ってくるわ。」
「お姉ちゃん・・・ドラコさんの身に何か?」
心配そうに尋ねるチーに、
「心配ないわ。エアジャックとドラコは関係ないと・・・思う。ただ遅いから迎えに行くだけよ。」
と答えた。
ラブリィは、ミスラ特有のしっぽをくるりと回し、
「チーはチョコを作る準備をしといてね。」
と言い残し、モグハウスの扉から、外へ出て行った。
カザムから飛空挺に乗ったユファ達は、空の旅を楽しんでいた。と言ってもジュノに到着するのは、2時間後なので短い空の旅だったが。
バルは、街や各拠点間の移動はもっぱらクリスタルワープを利用するので、飛空挺に乗るのは久しぶりだった。空は快晴で、雨が降る気配はない。最も飛空挺のデッキには魔力のシールドが展開されており、外気の入れ替えは行われるが、雨や風は入ってこない。
バルは、手すりごしに地表の景色を眺めていた。見えるのは海と、時たま見える島々だったが、飽きることはない。
そんなバルに、ザヤグは後ろから声をかけた。
「バルファル殿、何か見えるでござるか。」
バルは後ろを振り返った。
「いや、海が見えるだけだよ、ザヤグさん。でもこうやってのんびり空旅ってのも、たまにはいいな。」
その言葉に、ザヤグも頷いた。
「そうでござるなあ。冒険者は日々せわしないでござるから、移りゆく景色をただ眺めるのも、いい気分転換でござるな。」
バルはザヤグの方に向き直った。ユファは、客室で何かしているようだ。
「ザヤグさん、そういや、この買い物って仕事なのかい?」
そう尋ねたバルにザヤグは軽く頷き、
「仕事と言えば、仕事でござるな。相方のミスラに頼まれたのでござる。」
バルは首をかしげ
「相方って・・・これバレンティオンで使うやつだろ。相方さんは、誰か他の男に渡すのかい?」
「???拙者バレンティオンなる催しの事は疎いのだが、そう言えば、後で拙者に何かくれる様な事をいっておったな。」
バルは危うく吹きそうになった。ザヤグの相方は、チョコの材料の買い出しを、当の渡す相手に頼んだのだ。横着と言うかなんと言うか・・・。それともそれ程親しいと言うことなのだろうか。しかしザヤグはあまり分かっていない様である。バルはザヤグの精悍な顔を見ながら言った。
「・・・ザヤグさんいい人だなー。」
ザヤグは目をぱちくりさせ、
「そんな事はあまり言われた事がないでござるが、まあ、女子と行動を共にするには忍耐も必要でござる。」
ザヤグのその言葉に、バルは、おっ分かってんじゃん と思ったが、はたと気付いた。
(クルク、オレにチョコくれんのかなー。)
クルクと言うのはバルファルの相方で、タルタルの女性である。男勝りな性格が目立ち、女子力は未知数・・・のイメージがある。
(去年、オレ何貰ったっけ?)
バルは思い出そうとした。
2人が自分自身の考えに浸っていると、ユファが客室がらデッキに上ってきた。
デッキの2人を見ると、向かいあっているのに話すでもなく、お互いぼんやりしている。
ユファは若干笑いを含みながら、
「どうしたのー。」と話しかけた。
2人ははっとした様子で、ユファを見た。
バルは気をとり直して、
「ユファこそ何してたんだよ?」
と尋ねた。
「あたし?あたしは荷物の仕分けをしてたのよー。折角手に入れたククル豆をなくしたり、盗られたりしたらつまらないから、ここに・・・。」
とユファは、身体を捻って腰の後ろの小さめな鞄を指し示した。
「これでなくさないわよー。ザヤグさんの分は、ジュノに着いたらお渡ししますね。」
とユファはザヤグに言った。
ザヤグは頷き、
「ユファファ殿、済まぬでござるな。」
とユファに礼を言った。
「いいんですよー。そう言えば、あたしの事はユファって呼んで下さいね。友達はみんなそう呼びます。」
「お。オレもバルでイイぜ。」
2人のその言葉に、ザヤグは笑って頷き、
「そうでござるか。ではそう呼ばせてもらうとしよう。」
と言った。
それから、3人がデッキでしばらく雑談をしていると、艦内放送が響いた。
「・・・皆様。大変長らくお待たせいたしました。当飛空挺は、後10分でジュノに到着いたします。」
3人は顔を見合わせた。
「無事に到着しますねー。」
「大丈夫だったでござるな。」
「良かったじゃん。」
それぞれ感想を言い合う。ほっとした空気が流れた。
その時、こつんこつんと言う足音が響いた。客室からデッキに誰か上って来るようだ。
3人はまた顔を見合わせた。今度は3人共懐疑な表情になった。と言うのも、この飛空挺には、3人以外に客はいなかったからだ。3人以外に、この飛空挺に乗っている人間と言えば、コックピットにいる操縦士2人だけだ。クリスタルワープの普及に伴って、飛空挺の乗客は減る一方だった。
バルが口を開いた。
「ユファ、さっき客室にいた時、他に人はいたか?」
ユファはぶんぶんと首を振り、
「い、いないよ。だって飛空挺の客ってあたし達だけでしょー。」
と答えた。
ザヤグとバルは頷きあい、昇降口を半包囲する様に動いた。
それぞれ腰と背中の剣の柄に手をやった。
現れたのは・・・
「バラモさん!?」
ユファが、驚いて叫んだ。
天晶堂でザヤグとユファの接客をした、バラモだった。バラモは笑顔でユファに挨拶をした。
「ユファファ様、首尾よく目的のものを手に入れる事ができまして、おめでとうございます。つきましては、お話させていただいておりました、別件の代金をいただきに参りました。」と言って、バラモは一礼した。
ユファは戸惑った様に、
「え・・・あ、はい。今ですか?」
と言った。
バルはバラモの骸骨の様な顔から目を離せずにいた。コイツ何処かで・・・
だが、ユファの返事ではっとした。
「ユファ。どんな話だよ。説明してくれ?」
バルの問いかけにユファは、
「あたしが前に、このバラモさんに頼みごとをしたみたいなんだけど、お礼をしてなかったみたい。だから今代金を受け取りに・・・って、バルどうしたの!?」
ユファの話を途中まで聞いて、と言うか相手の名前でバルはピンときた。
憤怒の表情でバルはバラモを睨みつけた。
「コイツは・・・」
背から大剣を抜く。
「魔物だっっ!!」
言葉と同時に、大剣をバラモに叩きつける。
バラモは真っ二つに・・・ならなかった。大剣の刃が身体に触れた瞬間、煙の様になり消えてしまったのだ。
「これは・・・。」
ザヤグは遅ればせながら、腰の剣を抜いた。
バルに向かって尋ねる。
「バル殿!これはどういう事でござるか?バラモ殿が魔物?確かに姿が消えたが・・・。」
隣りでユファも、驚いた表情をしている。
バルは大剣を構えながら、全方位を警戒した。
「詳しく説明している時間がない。でも・・・コイツは魔物で、オレとユファの魂を狙ってるんだ!」
バルの叫びに2人はますます驚愕した。
どこからか、クスクスと嗤うような声が聞こえて来た。
「おやおや、前に会った時の記憶があるようですねぇ。では、前回の対価を払っていただきましょう。バルファル・・・ですか。あなたも居るとは思いませんでしたが、丁度いい。2人の魂をいただきましょう。」
空間が歪み、そこから現れたのは、骸骨の様な風貌を持つ、赤いピエロの様な魔物だった、上半身と下半身が独立しており、青い光の様なもので繋がっている。顔には剣撃を受けたような傷跡が残っている。
ユファは困惑して、
「あたしは・・・あんたみたいな魔物と会った覚えはないよ!」
と叫んだ。
バルはバラモアから目を離さずに、ユファに言った。
「気にしなくていい。とにかくコイツは、俺達の魂を奪おうとしてるんだ。自分の身を守れ。」
「う、うん。」
とユファは、頷いた。
「さて、煮て食べようか、焼いて食べようか・・・」
バラモアが、好き勝手に喋っている間に、バルはザヤグにだけ聞こえる様に、話しかけた。
(ザヤグさん、オレが一発かます。続いてくれるかい?)
ザヤグは、面白そうに返答した。
(ほう。面白そうでござるな。お手並み拝見でござる。)
ザヤグは戦いが避けられないという状況で
、血が沸き立っているようだった。流石は勇猛なガルガと言ったところだろうか。
バラモアはバル達の意図を察知したらしかったが、特に何もする様子がない。
バルは大剣を構えた状態で気力を溜めていた。そして溜まった気力を使って、大剣を介して所謂ウェポンスキルと呼ばれる技を発動させた。
突如、バラモアが氷塊に包まれた。バルは大剣をゆっくりと振りかぶり、氷塊に叩きつける。氷塊はバラバラに砕け散った。
バルはザヤグに目線を送った。
一呼吸置いて、ザヤグの巨体が宙を舞う。剣を振り上げつつ飛翔し、返す刀で自重と共にバラモアに剣を叩きつけた。
2つのウェポンスキルが交差する。バラモアの身体を雷を伴った風が包み込んだ。分解連携が発動したのだ。
飛空艇のデッキの床材を破壊し、巻き上がる程の一撃を受けて、バラモアは苦悶の声を上げた。
「ぐぅおぉぉ・・・」
バルとザヤグは、様子を伺った。
「・・・ぉぉって、効きませんねぇ。」
バラモアのその言葉に、
「ちっ」
バルは舌打ちした。今の一撃は、自分が出せる最上の一撃だった。それがまったく効いてないとは・・・
バラモアは、揉み手をするように、両手をこすり合わせた。そして興味を失った様に、
「まぁ、こんな物でしょうね。とりあえず、あなた達は、こいつらに始末をしてもらいましょう。」
バラモアが、両手を挙げると何体かの魔物がデッキから湧き上がってきた。
「あ・・・あれ、アンブリル族!」
ユファが叫んだ。
アンブリルと呼ばれた魔物達は、闇色の歪んだ大きな頭と手を持ち、デッキから上半身を生やしている。下半身は無いのかもしれない。
バルとザヤグが、剣で迎え撃とうとするのを、ユファは制した。
「アンブリルには剣がほとんど効かないよ!一旦下がって!」
バルは即座に反応した。ユファの手を引っ張り、客室の扉を潜る。ザヤグがしんがりで後に続いた。4匹のアンブリルが後を追おうとするが、寸前で扉を閉める。そして客室の内側から、鍵を掛けた。
アンブリル達が扉に体当たりしてくるのが、凄まじい音と振動でよく分かる。扉は長くは持たないだろう。
大きな打撃音が鳴り響く中、ザヤグが口を開いた。
「もう間もなくジュノに到着するでこざる。このままでは、あの魔物達を一緒に連れて行く事になるでござる。」
「ジュノ親衛隊にまかせれば・・・って、そんな訳にもいかないか。」
とバルは困った様に言った。
「どうしよう・・・。」
ユファは他の2人の顔を見る。
重苦しい雰囲気が漂った。
ザヤグが再び口を開いた。
「ジュノ港に着くまでに、飛空艇を一旦海に着水させるしか手はないでござる。」
「ジュノの街に、魔物達に備える時間を与える訳だ。だけどオレ達は・・・。」
バルは口籠った。
「逃げられないね。」
ユファが締めくくる。
デジョンと呼ばれる瞬間移動の魔法を、この3人は習得していない。魔法を付与した呪物の持ち合わせもなかった。
一際重苦しい雰囲気になるが、どかんと言う扉が今にも破られそうな音に、3人共我に返った。
「やるしかないでござる。とりあえず操縦室に移動するでござる。」
「ああ。」
「うん。」
3人は、扉の前に椅子やテーブルで、簡単なバリケードを作ると、奥の階段から操縦室に上がって行った。
ザヤグ、バルファル、ユファファの3人と、彼らが乗った飛空艇が窮地に陥っていた時、冒険者コウは何もしていなかった訳ではなかった。ユファが耳に付けているシグナルパールを通じて、おおよその状況は掴んでいた。
冒険者互助会が開催していた、ベガリーインスペクターなる作戦の説明会を中座し、アドゥリン諸島から、クリスタルワープを使って、直ぐにジュノに戻った。
その直前に、説明会に集まっていた、互助会役員達と冒険者達に、作戦の討伐対象になっている不死君バラモアが、まさにハイジャックされた飛空艇に出現している事を説明会の壇上から冒険者達に告げると、冒険者達は色めき立った。
役員達の指示で、冒険者達も続々とジュノに移動して行った。
ラブリィが、ウィンダスからジュノ港にクリスタルワープを使って到着すると、辺りは騒然としていた。近くの野次馬の会話に耳をすますと、飛空艇が海に不時着するらしい。ラブリィは、飛空艇乗り場へ急いだ。
ラブリィが付けている、シグナルパールからザヤグの動向が知れるが、もう間もなく不時着する筈だった。
カザム行きの飛空艇乗り場のゲートを抜け、人混みを躱し、ラブリィは堤防の先端までひた走った。
堤防の先端には、小さめの灯台が建てられていた。走ってきた勢いを落とさず、ラブリィは灯台の最上階まで駆け上った。流石に息が切れたが、荒い息を吐きながら背負った長銃を降ろす。
空を見ると、夕陽を背に正に飛空艇が海をめがけて着水しようとする所だった。
ザヤグ達は、飛空艇の操縦室に立て篭もった。客室からの階段に付いている扉と、デッキへ出る扉を備品のロープで固定する。
操縦室には2人の操縦士がいたが、ジュノの管制には、既に状況を連絡済みだった。
ザヤグ達が、海への着水を主張すると、操縦士達は渋ったが、階段の扉を階下のアンブリル達が殴打し始めると気が変わった様だった。
1人の操縦士が、
「もうジュノ港は目の前だ。そんなに離れたところには、着水できん。」
と言うと、
「魔物達が、ジュノに上陸するのを少しでも遅らせられれば上出来です。今、冒険者達が魔物と戦う為にジュノ港に集まりつつありめす。」
ユファのその言葉に、全員が注目した。
「ホントかよ?」
バルは驚いたように言った。
ユファは頷き、
「シグナルパールで、コウから連絡があったよ。もう少し耐えてくれって。」
と言った。
「拙者の相方も、参戦するようでござる。希望が出てきたでござるな。」
ザヤグの言葉にバルは、
「問題はあのバラモアだ。アイツの強さはハンパないぜ?集まった味方に被害が出ないといいけどな。」
と答えた。
「うむ・・・だが先程の連携攻撃で無傷では、拙者達にはどうしようもない。せめて一太刀与えたかったところではあるが・・・。」
ザヤグが嘆息した。
バルは肩を竦め、
「オッサンが全力で斬り込んでも、傷を一つ付けただけだからな・・・悔しいけど、オレ達・・・オレはもっと鍛えるしかないな。」
と言った。
ユファはバルを見て、
「コウがあのピエロと戦ったの?あたし全く覚えがなくて・・・」
と覚束なげに言った。
バルは再び肩を竦め、
「年始のウェイポイントの事故のときだ。覚えてないなら別にいいと思うぜ?とにかくあの骸骨ヤローに一杯食わされたのさ。」
と言った。
「・・・」
ユファは思い出そうとしている風である。
船長が口を挟んだ。
「話しているところ済まんが、そろそろ不時着させる。何かにしっかり掴まっていてくれ。」
船長のその言葉に、ザヤグ達は、空いている椅子に座り、身近な掴まれるものにしがみついた。階段の扉がアンブリルの殴打で、いやな音を立てる。もう直ぐ扉が破られるだろう。
そんな状況を意に介さず、船長は叫んで操縦桿を下に下げた。
「行くぞ!」
飛空艇は夕暮れの中、海面に向かって急降下した。そして凄まじい音を立てて着水する。塔の高さに匹敵する様な、大きな水しぶきが上がる。幸い沈没は避けられた様だ。上がった水しぶきを滝に打たれるように受けながら、飛空艇は飛行していた時の惰性で、ジュノ港の方に漂っていった。
操縦室では、着水の衝撃で全員が床に投げ出されていた。
「・・・むぅ。」
やはりガルガは頑丈なのか、ザヤグが真っ先に身を起こす。続いてバルとユファが起き上がった。操縦士の2人は気絶してしまった様だ。
階下のアンブリル達の階段の扉への殴打の音が止んでいた。着水の衝撃でやはりダメージを受けたのだろうか。
ザヤグが窓から外を見ると、目の前にジュノ港の波止場が広がっていた。かなり港に近い位置に着水したようだ。
ザヤグが目で、飛空艇と港の堤防の先端の位置を測ると、助走を付けても飛び移れないくらいの距離だった。5メートル前後だろうか。
バルもザヤグのその視線を理解したらしく、
「これだけ港に近いんだったら、いっそ堤防に乗り上げても良かったのに、ついてないな。どうするザヤグさん?」
と尋ねた。
「とにかく操縦室の外に出るでござる。」
とザヤグは答えた。
着水の衝撃で、操縦室の窓ガラスはバラバラに砕け散っていた。耐衝撃性だったのだろうが、やはり着水の勢いが凄かったのだろう。もはや部屋の外からの進入を防ぐ事が出来ず、むしろ狭い分だけ操縦室に留まるのは危険だった。
3人は操縦室からデッキへ出た。操縦士の2人はザヤグが両肩に担いでいる。巨躯のガルガとはいえ、凄い力だった。
バルとユファが剣を抜いて周囲を警戒するが、魔物の気配がしない。
もしや・・・と言う希望が心に浮かぶ間も無く、狂ったような笑い声が宙に響いた。
「キャハハハハ!」
空中から姿を現したのは、バラモアだった。
「なかなか思い切った事をしましたねぇ。」
バラモアは空中をくるくると飛び回りながら、言った。
「では、いい加減終わりにしようか!アツイゼ、アツイゼェー、アツクテ、イクゼェー!」
バラモアは両手を掲げ、テンションを急激に上げて、狂った様に叫んだ。
途端、ザヤグ達にずしりとした感覚が襲った。
ユファは驚愕して叫んだ。
「これっっ!!・・・しっ、死の宣告っ!」
「!」
「!!」
3人は恐怖で引き攣った顔を見合わせた。
バラモアは空中でとんぼを切り、ザヤグ達をビシッと指差し、決めポーズを作る。
「クルエルジョーク!!」
・・・クルエルジョークと言う名前の技らしい。だが死の宣告である事は間違いないなさそうだった。凄まじい倦怠感が身体を襲う。
「に・・・逃げないと・・・」
ユファが、呟いた。
死の宣告は、聖水を使うか、技の効果範囲から逃れられれば、効果を失う。だが、ザヤグ達は聖水の持ち合わせなどなかったので、逃げるしかない。ただ、ここは飛空艇の上だ。着水しているとはいえ、堤防の先端までは若干の距離もある。
絶望感が3人を支配していった。バラモアはそれが面白いらしく、空中でくるくると回りながら、大喜びしている。
「ダンッッ!!」
突如、銃声がして、空中のバラモアが弾き飛んだ。2射目、3射目の銃声が響き、バラモアに銃弾が命中する。
援護が来たようだ。ジュノ港の堤防の先端の、小さな灯台から狙撃が行われているようだった。
驚いて、固まっていた3人だったが、ザヤグが何かを聞くように、空中に視線を彷徨わせる。
ザヤグは叫んだ。
「皆!飛空艇の後部から、堤防に乗り移るでござる!」
と言って、操縦士2人を肩に担いだまま、飛空艇の後部に向かって、走りだした。
バルとユファも、ザヤグにつられる形で走り出す。だが、飛空艇と堤防の間は5メートル近くの距離がある。このままジャンプしても、海に落ちるだろう。
走る3人の周りに、魔力が満ちる。魔力はカードの様な形に具現化して、3人の周りをくるくる回った。
ユファは、目を丸くして叫んだ。
「ファントムロール!」
コルセアの特殊技能の一つで、ざまざまな効果を仲間に与える事が出来る魔法の一種だ。
・・・これはボルターズロールという、移動速度を上げるロールらしかった。
3人の走る速度はぐんっと上がった。たちまち飛空艇の後部にたどり着く。
「このまま行くでござる!」
ザヤグは叫んで、思い切り踏み込んでジャンプした。2人の操縦士を担いだガルガの巨体は、宙を飛び・・・
堤防の先端に無事に着地した。勢い余ってザヤグは尻餅をつく。
その上にバルとユファが、更に着地した。5人の人間がごちゃまぜになって倒れ込んでいる。
バラモアは、ザヤグ達を逃がすつもりはないようだった。灯台にいるラブリィから何発もの銃弾を受けている様だったが、意に介さず空中を飛び、ザヤグ達に追いすがろうとした。
不意にバラモアに当たる銃弾の数が急増する。中には矢も混じっている様だ。
冒険者達が堤防全体に展開しつつあった。銃や弓を持つものは、射撃を開始し、呪文の詠唱も始まっている。
互助会からの増援が間に合ったのだ。
たまらず、バラモアは空中で動きを止めた。
やがてバラモアの身体は、冒険者達が唱える呪文によって、沈む夕陽と見紛わんばかりの、巨大な火球に飲み込まれた。
バラモアは倒された。
冒険者達や、遅れて到着したジュノ親衛隊が、残党の探索を開始している。
2人の操縦士達も、医療班に引き取られ、ザヤグ、バル、ユファの3人は、半ば放心して堤防に座りこんでいた。
そこへ長銃を肩に担いだミスラが歩み寄った。ザヤグに向かって話しかける。
「ザヤグ。お疲れ様。なんだか凄い事になっちゃったね。」
ザヤグは座ったままで答えた。
「・・・ラブリィ。先程は助かった。すまぬでござる。」
ラブリィは、笑って頷く。
ユファとバルが立ち上がる。
「ラブリィさんですか。あたしユファと言います。先程は助けていただいて、ありがとうございました。」
と言って、ユファは深く頭を下げた。
バルも続いて口を開く、
「あのロールをかけてくれたのは、あんただったんだってな。どうもありがとう。」
バルも頭を下げる。
ラブリィは照れた様に微笑み、
「良いのよー。上手くいってよかったわ。」
と答えた。
そこへ、互助会の役員と話していた、コウがやって来た。全員に会釈をする。
「お疲れ様。バル。助かったよ。」
コウがバルにそう言うと、バルはニヤリと笑った。
「オッサン。今回のは高いぜー。」
コウも笑った。
バルは続けて、
「でもさ、あれでバラモアは死んだのか?」
と尋ねた。
コウは首を振った。
「互助会の役員とも話をしてたんだが、あれはどうも、分身の様なものらしい。多分本体は健在だよ。」
バルはげんなりして、
「・・・しつこいヤツだなあ。どうすんだよよ?」
と言った。
コウは全員を見て、
「本日付けで、作戦ベガリーインスペクターが発動された。今度はこちらから冥王と三魔君を叩きに行くさ。
・・・ともあれ、今日はお疲れ様。どうもありがとう。」
と言った。そして続けて、目的の物は買えたのかい、と尋ねた。
ユファは、弾かれた様に、腰の後ろから包みを出した。
「ザヤグさん!失くさずに持って帰れましたよ。」
特級のククル豆の包みだった。
ラブリィは包みを見て嬉しそうに、
「ザヤグ。これで美味しいチョコレートを作って上げる。良かったわねー。」
と言った。
ザヤグは幾分萎れた様子で、
「ああ、バレンティオンなる催しが、これ程大変だとは思わなかったでごさる。」
「チョコレートの催しなのに、甘くないでござるなあ。」
それを聞いた全員が、面白そうな笑い声を上げた。
こうして、バレンティオンデーは過ぎていった。
おしまい。
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この記事は私ではなく遊びに来てくれている「コウさん」が、
ヴァレンティオン記事のコメントに載せた小説です。
読み応えたっぷりなのでぜひ、他の小説も合わせて読んで下さいね。
第1弾「とある出逢い」
第2弾「とある出逢い2」
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第3弾「遅くなったプレゼント」
第4弾「ねがい」
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